騒音についての裁判例控訴審判決

神戸地裁平成29年2月9日判決の控訴審である同年7月18日大阪高裁判決は,控訴を棄却し,一審の結論を維持しています。「本件保育園の発生する騒音の内容,本件保育園の有する公共性・公益性」と言う項目で以下のように述べています。「園児が園庭で遊ぶ際に発する声等は,一般に,不規則かつ大幅に変動し衝撃性が高い上に高音であって,人の耳に感受され易いものであるが・・・その受け止め方については,これを気になる音として,不愉快,不快等と感じる者もあれば,さほど気にせず,むしろ健全な発育を感じてほほえましいと感じる者もいると考えられる。」「保育園は,一般的には,単なる営利目的の施設等とは異なり,公益性・公共性の高い社会福祉施設であり,工場の操業に伴う騒音,自動車騒音などと比べれば,侵害行為の態様に違いがあると指摘することが可能である。したがって,園児が園庭で自由に声を出して遊び,保育者の指導を受けて学ぶことは,その健全な発育に不可欠であるとの指摘もでき,その面からすれば,侵害行為の態様の反社会性は相当に低いといえる。」「本件保育園についても,この点が基本的に当てはまる。さらに,本件保育園は,●市における保育需要に対する不足を補うため,被控訴人が●市から要請を受けて設置・運営したという経緯があり,●市における児童福祉施策の向上に寄与してきたことも認められる。」「もっとも,騒音被害を受ける控訴人の立場からすれば,園児が発する騒音であれ,工場や自動車による騒音であれ,騒音レベルは同じであるとの指摘もあり得るし,本件保育園に通う園児を持たない控訴人を含む近隣住民にとっては,直接保育園開設の恩恵を享受していないから,保育園が一般的に有する公益性・公共性を殊更重視することに抵抗があろう。しかしながら,上記の指摘や抵抗を踏まえて考えても,受忍限度の程度を判断するに当たって,上記・・・事情が考慮要素となることは否定できない」

騒音による防音壁設置等請求について

神戸地裁平成29年2月9日判決は,保育園の近隣に居住する住民である原告が,被告である社会福祉法人に対して,保育園敷地に隣接する土地との境界線上で50dB以下とする防音設備を設置することと,不法行為に基づく慰謝料の支払を求めた事案で請求を棄却しました。判決では,まず「第三者の事業活動に伴って発生する騒音による被害が,原告に対する関係において,違法な権利侵害ないし利益侵害になるかどうかは,侵害行為の態様,侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,当該地域の地域環境,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の諸般の事情を総合的に考慮して,被害が一般社会生活上受忍すべき限度を超えるものかどうかによって決するのが相当である。」と一般論を述べたうえ,一日の大半を原告宅で過ごすことの多い原告にとっての騒音の影響は決して小さくないこと,本件保育園は公益性・公共性が認められるものの,本件保育園に通う園児を持たない原告を含む近隣住民にとってみれば,直接その恩恵を享受しているものではなく,本件保育園の開設によって原告が得る利益とこれによって生じる騒音被害との間には相関関係を見出しがたいこと,損害賠償請求ないし防音設備の設置請求の局面で本件保育園が一般的に有する公益性・公共性を殊更重視して,受忍限度の程度を緩やかに設定することはできないことなどを指摘しています。しかし,環境基準における騒音の評価手法は,時間の区分ごとの全時間を通じた等価騒音レベルによって評価することを原則とすること,騒音源と被侵害者の居宅との距離,騒音の減衰量等をも踏まえて検討すべきこと,被告が本件保育園の設置に
際し,本件保育園の近隣住民に対する説明会を1年ほどかけて行い,その間,本件保育園から生じる騒音の問題に係る原告を含めた近隣住民からの質問・要望等に対して検討を重ね,既設の保育園で測定した騒音結果から本件保育園の騒音の推定値を算出した上で,防音壁を設置し,一部の近隣住民に対して被告の負担において二重サッシに取り換えることを提案・合意するなどして騒音対策を講じるよう努めてきたこと,最終的に原告とは折り合いがつかなかったものの,被告側から原告宅敷地境界線における防音対策による問題解決の提案がされたことを指摘し,結論としては,原告の請求を棄却しています。

園庭での鬼ごっこ中に生じた転倒事故について

平成10年12月 7日東京地裁八王子支部判決は、クラス全員で園庭で鬼ごっこをしていたところ、原告が鬼役の園児に追われて走って逃げていた際、鬼役の園児に背中を強く押されて転倒し、建物玄関前のタイルレンガ製の玄関ポーチに前額部を衝突させた事故について、①原告の両親と被告との間には幼児保育委託契約又はこれに準じる法律関係が存在し、右法律関係の付随義務として、被告は保育に当たり児童の生命、身体及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているとし、そのことは厚生省令である児童福祉施設最低基準五条二項で「児童福祉施設の 構造設備は入所している者の保健衛生及びこれらの者に対する危害防止に十分な考慮を払って設けられなければならない。」と定めていることからも肯定されるとしました。②段差の高さが園庭から約15センチメートルあり、しかも縁止部分には角が直角で丸みのない、通常のレンガより更に硬い焼過赤レンガが用いられていて、園児が転ぶなどして縁止部分にぶつかった場合には、負傷するおそれがあり、ぶつかり方によっては重大な負傷事故が発生する可能性もあり、保育園の児童は、いまだ危険状態に対する判断能力や適応能力 が十分ではないため、保育園の保母から一定の注意を受けていたとしても、そのような指導に従わなかったり、あるいは遊びに夢中になるうちにそのような注意を失念したり、危険性の認識を欠くなどして、危険な場所に不用意に近づく児童もいないとは限らないのであって、保育所の設置に当たっては、このような園児の行動様式も考慮して、安全な構造、設備を選択すべきであり、園児が園庭や玄関前のポーチで転 び、その結果園庭、玄関前のポーチ、その縁止部分等に体の一部をぶつけることは必ずしも珍しいことではなく、むしろ当然予想されることであるから、これらの構造 、設備はそのような場合でも些少の打撲傷等は格別、重大な負傷を生じないような形状、材質でなければならないとして、保育園を運営する市に対し損害賠償を命じました。

こども園に対する防音設備設置や慰謝料支払の請求が棄却された事案

名古屋地裁岡崎支部平成30年9月28日判決は,子ども園を運営する社会福祉法人に対して,道路を隔てて居住している住民らが,所有権ないし人格権に基づき,防音設備設置及び慰謝料の支払を求めた事案において,私人の事業活動に伴って生じる騒音によって第三者が被害を受けた場合に,それが違法となるか否かは,侵害行為の態様,侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,当該施設の所在地の地域環境,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の諸般の事情を総合的に考察して,第三者の被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えるものかどうかによって決すべきであるとする最高裁平成6年3月24日判決を引用し,原告ら居住物件とこども園の場所的環境,本件土地建物の使用状況等,本件こども園の利用状況等を認定したうえ,上記の最高裁判決が挙げた諸要素を検討したうえ,本件こども園の音が一般社会生活上受忍すべき程度を超えているということはできず,被告の行為が違法なものであると認めることはできないとして,請求を棄却しました。

園児が他園児から頬を噛まれた事故につき、保育園の運営主体が損害賠償責任を負うとされた事例

東京地裁平成26年 2月28日判決は、被告の経営する保育園に通っていた原告が,同保育園の他の園児から右頬を噛まれたとして,被告に対し,監督者責任を請求した事案で、右頬部外傷後の軽微な色素沈着を伴う径5mm大の瘢痕の傷害につき損害賠償を認めつつ、後遺症の残存は否定し、損害賠償請求を一部認容しました。

園児が突然に走り出し転倒する可能性を予見することが困難であったとされた事案

東京地裁平成21年5月25日判決は、被告が経営する保育所における散歩の帰り道において,原告を含む2名以外の園児6名は,サークル車(カート)に乗せられて保育所に戻ることとなったが,原告ともう1人の園児は、担任保育士とともに,途中にある遊歩道を歩き保育所に戻ることになったところ、遊歩道を帰る途中,担任保育士は,原告とつないだ手を離して、川に停泊していた船・ボートを原告と眺めていたところ,もう一人の園児が突然保育園の方向に走り出し,原告はそれを追いかけるように振り向きざまに走り出したので、保育士は原告の後を追いかけたが,原告は数メートル走り出したところで転倒して路面に顔面を打ち当て,前額部分と鼻下部分の2箇所に傷を負った事案において、担任保育士において,原告が停泊中の船を見ていた時点で,原告が走り出して転倒する可能性があることを予見することは困難であったというほかなく,原告の手を握ったり,走り出した直後に原告を制止したりするなどして,原告の転倒 事故を回避すべき注意義務があったとは認め難いとして、保育士の保護監督義務違反などを否定し、請求を棄却しました。

保育室内に置かれた危険物に基づいて発生した事故について

東京地裁昭和45年5月7日判決(判例時報612号66頁)は、担任教諭が保育室の床上に置いていた熱湯を入れたやかんに4歳園児がつまづいて転倒し、流出した熱湯を浴びて、身体に熱傷を受け、熱傷性癈痕ケロイドを残した事案において、担任教諭が5才前後の幼児のいる保育室の床上に熱湯の入っているやかんを置いたことは重大な過失であるといわねばならないこと、担任教諭が園児に対しやかんに気をつけるよう注意を与えていたとしても5才前後の幼児 に対し口頭で注意を与えていただけでは、到底園児の安全を守る義務をはたしたとは解することはできないこと、広範囲の皮膚の熱傷により皮膚が着衣に密着している場合の救急措置として鋏で着衣を切り裂く等の方法により皮膚がはがれないように万全の注意を払うべきであったのに慢然と着衣を脱がせたことも重大な過失であることなどを理由に、幼稚園の運営主体に対して慰謝料などの賠償を命じました。